ネタの旅

青海−親不知間 若干不可能な徒歩での移動


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●日程

 【青春18きっぷ使用】1997年8月29日
【金沢】−(普通)→【泊】−(普通)→【青海】−(徒歩)→【親不知】−(普通)→【金沢】
日程・時刻は記録なし。
※念のため申し添えますが、このルートは一般的に歩くルートではありません。このときは運が良かったものの、下手をすると命を落としてしまいます。まねはしないようにしてください。また、「立入禁止」の札は見ていないものの、常識的に考えて「立入禁止」だと思われます。くどいようですが、まねをして命を落としても一切の責任は負いません。

●経緯

 青春18きっぷが1枚余った。だいたい、盆休みの日程上、どうしても1枚余ってしまうのである。チケットやさんに売ってもよいがそれでは面白くない。それなら、まともにきっぷを買った場合と比べて若干得する程度でよいので、乗りつぶしにこだわらず、日帰りの旅をしようということで、どこか適当なところを考えていた。いつも通るところで気になる親不知へ行ってみようと思った。全く下調べをしていなかったが、とりあえず駅と駅の間を歩けばそれなりの景色を見ることができるだろうと思った。親不知駅の前後で、市振と青海がある。距離を見てみると青海−親不知間の方が短い。それならこの区間を歩こうということで、いつも通り普通列車で富山方面を目指した。

●青海−親不知(徒歩)

 越中宮崎を過ぎて私の好きな景色、境川を渡り新潟県に入る。そして市振に着く。この区間は翌年の冬歩いたのだが、これはまた別途。そして、トンネルを越え一瞬海が見え、またトンネルに入り、抜けると少し広いところで親不知駅。ここがゴールになるのである。そして親不知駅を出発し、すぐにトンネルに入る。このトンネルの外を歩くのである。長いトンネルを抜け、砂浜に沿って走り、川を渡り町になって青海に到着する。今まで降りたことのない駅であるが、降りた。ある程度の町で、何人か降りる人がいた。貨物取扱駅で、そのため構内が広い。

 駅前に出て、例によって駅舎を眺める。そして、そのまままっすぐ歩く。国道8号線に出る。いつも渡ったり使ってる8号線であるが、このあたりは全く別のものになっている。しばらくは8号線を歩く。主要道路なのでときどきトラックも通る。町の中であり、今のところ安心して歩くことができる。そして、川を渡る。家が少なくなり、8号線も歩道的な部分が狭くなる。そうなると危ないので砂浜を歩くことにする。そのまま砂浜が親不知駅まで続いてくれれば楽なのだが、そういうわけがない。それならここへ来なくても、家の近くの金石の海岸を歩いていればよかったのである。

 しばらく歩くと、崖が見えてきた。そしてその崖のところで砂浜は止まっており、その岩場では潜水の講習会が行われているようだった。とりあえず、その先へは行けないので、階段で上まで行くことができるようになっているのでその階段で崖を登る。そして、8号線沿いのレストラン駐車場に出てくる。そこからどのように進もうかと考える。  まず、確実なのは8号線に沿って歩くことである。間違いなく親不知駅、さらには金沢まで着くことができる。しかし、ここから8号線は山道になり、トンネルが多くなる。歩道も設けられていない。命を落としかねない。それならば、8号線より山側を歩くという手があるが、適当な道が見あたらない。とりあえず、8号線に沿って獣道があるので、そこを歩く。8号線のトンネルの上にも上がることができるようになっていて、上がってみたが先がつながっていない。獣道も工事のためにある道らしく、すぐに終わっていた。仕方がないので先ほどの海岸線から崖を伝って行くことができないかとさっき登ってきた階段を下りていく。潜水の講習会を受けている人が何者だろうかという目で見ている。しかし、崖より向こうへは行くことができないようであった。短パンなので、そのまま靴を脱いで海の中を歩くという手もあるが、とりあえず避けることにしてまた階段を上がる。

 そして、一番確実そうな獣道を歩く。途中で止まっているが何となく進めそうなので草をかき分けて進む。変な虫が出てかまれたらどうしようかと思うが、とりあえず進むと、下の海岸へ降りることができそうだった。そのため、階段とも着かない階段を下りる。護岸工事がされている崖を下まで降りていく。岩場であった。そして、護岸工事がされていて若干の道がある。どうにかそれに伝って歩いていくことにする。ここで気づいたのだが、もう後戻りはしたくないし、できない。この先どうなっているか分からないが、とりあえず進むことにする。

 護岸工事のため、おそらく副産物としてで来た道を歩く。多分、立入禁止だと思うのだが、普通は来ることができないと思っているらしく、「立入禁止」の札はなかった。だからここまで来ているのである。護岸工事の副産物で、歩くためのものではないため、所々切れている。そこは岩をよじ登ったり、降りたり、あるいは岩を渡って先へ進まなくてはならない。おそらくここでけがをしても誰も助けに来てくれない。けがをしないようにして進まなくてはならない。

 といっても、ここは昔、旅人が歩いたはずである。岩と岩の間を歩き、波にさらわれるかもというおそれがあり、自分の命を守るために精一杯で子供・親をかばっていることができなかった、だから「親不知」「子不知」という、ということは有名な話である。昔の人はこのように岩をよじ登ったり降りたりしていたのだろうか。今はカバン一つなのでよいが、殿様のかごを持っている人までこうしていたということは考えがたい。おそらく、この岩の下に人が歩けるぐらいの砂浜があったのだろうと思う。今は単に浸食されただけである。と考えると、この移動はやはり無茶だったのだろうか。

 ある時は道らしくない道を歩き、それが岩の為に切れていて、そこを強引に岩を伝って渡ったり、安全のために下へ降りて再び上がったりして進む。昔、近くの海の岩場で遊んでいたのでなぜかこのあたりのバランス感覚だけはある。それだけが頼りであった。

 そうしているうちにとうとうやってしまった。岩を渡りきれずに海に落ちてしまったのである。高いところから落ちたわけではないので、靴をぬらすだけで済んだ。一応は靴下を脱いでおく。ぐちゃぐちゃなまま金沢まで帰らなければならない。これで吹っ切れたのか、岩を渡ることが無理なら、靴を脱いで海の中を歩くようになってしまった。何なら最初から歩かずに沿岸を泳ぐという手もあったのかもしれない。ただし、盆を過ぎているのでクラゲが出る。やめておく。また、本当に戻るということは考えられなくなってしまった。本当に無理になったらどうすればよいのだろうか。上を見上げると8号線がある。最悪あそこまで行くとどうにかなる。

 そうしているうちに、突然、車が通れそうなところに出てきた。アスファルト道路と比べるときれいではないが、今までと比べると天国のようなところである。何かの工事現場のようであった。日曜日で工事が休みらしく人がいない。とりあえずそのような道路を歩く。そのようなところが続く。そして、ロープが張ってあってそれが終わった。そのロープには向こうを向いて札があった。振り返ってみてみると「立入禁止」とあった。「立入禁止」のところを延々と歩いてきたのであった。まさか、向こうからは来ないだろうということで「立入禁止」の札を揚げていなかったと思うのだが、来てしまったのである。これは法律上「善意」の過失である。

 今度は合法的に通れるであろう道を歩き、再び岩場になる。今回はさっきより歩きやすい。ここで若い男の人とすれ違う。特に話をしたわけではないが、あの人はどこからどこへ向かったのだろうか。と、向こうも思ったに違いない。

 そして、川に出てきた。その川は渡れそうになかったので上流に向かって歩く。橋があり、ついでに8号線も渡ってしまう。つまり、親不知駅の近くに来てしまったのである。どうにか生きて人のいるところまでたどり着いた。あまり太くない道を歩き、北陸自動車道がオーバークロスし、そして親不知駅にたどり着くことができた。

 親不知駅は無人駅であった。自動販売機で飲み物を買う。生きて再び飲み物を飲むことができた。ふと、駅前の地図を見る。今まで歩いてきたところは「親不知」ではないらしい。「子不知」らしい。そして、この駅から市振までを「親不知」というらしい。市振駅まで自転車で何分、歩いて何分と書いてある。一般的な旅行客でないにせよ、少し変わったことをしたい人は市振−親不知間を歩くらしい。青海−親不知間はそのようなことはしないらしい。

 そういうことを知ったが、とにかく1時間半弱でたどり着くことができた。帰りは余力があれば市振−越中宮崎間を歩こうかと思ったが、足もガタガタなのでやめた。

●コメント

 しつこいですが、まねをしないでください。けがをすると助けに来てもらえません。といっても、少し大変な山登りのようなものです。ただし、善意(=知らなかった)とはいえ、「立入禁止」のところを歩いたのですから、よろしくありません。また、本来は親不知−市振間が正解です。そこは歩けるのかどうか知りませんが、もし興味があればそこにしてください。(ただし、危険があっても保証しません。)

 その後、この区間を通ると、このときのことを思い出します。長いトンネルの外では、あのような世界があったということ、トンネルのありがたみを感じる区間です。

 それにしても、3年前の話なのですが、岩や草むら、親不知駅付近に出てきた感触がはっきりと覚えています。


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