金沢駅は1990年に高架化されてから、その後もいろいろと変化してきました。ここでは「区間全駅」コーナーが始まった2002年3月の様子、及びもてなしドームなどができて再取材をした2006年4月の様子を中心に、それ以外で撮ったものを少し加える形で以前の様子をご紹介します。


2002年当時の西口。今のようにビルはなく、高架下にすこしせり出す形でコンビニとコンコースがありました。

この時はもてなしドーム・鼓門の建設工事中だったため、完成予想図が掲示されていました。

東口に出たところの地下採掘工事の様子。

今はありませんが、水飲み場がかつてありました。この時点では蛇口がなくなっていますが、その跡が残っていました。

特急・急行列車の乗車位置案内。今ではなくなったものがあります。

中二階。両端は2015年以降は7番のりば側はトイレ、1番のりば側は新幹線乗換改札口になりましたが、この当時は両方待合室と売店などがありました。

中二階の発車案内。

在来線側のコンコース天井。

当時は既に新幹線の高架は完成して、その下には商業施設がありましたが、その新幹線高架下の天井。バブルの頃にできた在来線側とその後にできた新幹線側で様子が違います。

東口方面への案内。当時は郵便局やATMは東金沢側にありました。

都ホテル地下街への地下道。このあたりが地平駅だった頃の金沢駅の名残を残していた部分でした。

正面の少し東金沢側から見た西口。駅の前で空き地になっている部分もありました。

少し遠くから見た西口。

当時既にあった時計駐車場。


東口に出たところ。

エスカレーターで降りていくところ。

新交通のためにできた地下空間。

地下から上がっていくところ。

地下から駅入口を見たところ。駅の看板が今と異なります。

鼓門。4月1日土曜日の午後4時ですが、新幹線開業後と比べると人が少ないです。

鼓門のガラスを掃除する機械。

駅前の様子。かなり人が少ないのが新幹線開業後との違いです。

もてなしドーム内の駅入口方向。

コンコースの今の新幹線改札前です。

改札内から見た在来線改札口。

中二階の発車案内と百番街への改札口。

ホームの様子。

ホームでかつてうどん・そば屋さんだったところが一部たこ焼き屋さんになっていました。

4番のりばの様子。

特急列車などの乗車位置案内。

当時走っていたスーパー雷鳥を国鉄色に戻した雷鳥号のパノラマ型グリーン車。

上野行きの2本の夜行列車。なお、先に富山行きのサンダーバードが出発していきます。

この日、臨時のサンダーバードが車両不具合で489系の代走となりました。そのため、急行能登と臨時サンダーバードの2編成のボンネット車両が並ぶこととなりました。

まだ2往復の寝台特急「日本海」が走っていた頃の発車案内。

2007年7月16日に起きた新潟県中越沖地震の影響で運休になっていた各列車の運転再開を知らせる広告。今ではこの全てが運転されていません。