吉久電停とこの電停の間で専用軌道になり、以降、専用軌道となります。かつてはJR貨物新湊駅が併設され、この付近は貨物線や専用線が並行する独特の区間だったのですが、今は広大な線路跡が残るだけになっています。また、JR氷見線伏木駅付近までの渡船もありましたが、今はなくなっています。
駅入口から見たホーム。かつてはこの場所に駅舎があったような雰囲気です。
駅前の様子。
構内の様子。また、六渡寺・越ノ潟方面を望む。
新吉久・高岡駅前方面を望む。
待合室付近から見た風景。
かつてJR貨物新湊駅があったあたり。今では草が覆い繁り、線路跡と思われる雰囲気だけが残っています。
踏切から見た電停。かつてはもっとたくさんの線路がありました。
その踏切から見た吉久方面。貨物線、またかつて旅客線だった線路はなくなっています。
かつて「如意の渡し」の船着き場があったところ。
ここから2002年11月23日の様子をご紹介しますが、いろいろな記述を見ますと、2002年12月1日にこの電停に併設されていたJR貨物新湊線新湊駅が移転し、現在の高岡貨物駅になったことになっています。しかしながら、その1週間前は、以下にご紹介しますように、既にこの駅に至る線路の一部が撤去され、おおよそ、貨物列車が発着できる状態ではなかったと思われます。
新湊線が旅客営業を行っていた当時は隣の六渡寺駅が「新湊駅」を名乗っていたこともあり、「新湊駅」についてはかなり混乱して記述されているものが多いようで、正直、よく分からなくなっています。
おそらく、移転されたとされる時期より前に、既にここまでの貨物線は廃止、ないしは休止されていたと思います。となると、この2002年11月23日現在の「JR貨物新湊駅」は、この場所に現存していた駅なのか、既に廃止されて今の高岡貨物駅の近くに(機能だけでも)あった駅なのか、いまいちはっきりしません。つまり、戸籍上だけでも「現役の駅」を撮ったのか、廃駅を撮ったのかいまいちはっきりしませんが、とにかく2002年11月23日の様子です。
ホームを見たところ。今と違って後ろには貨物駅の駅舎があります。
この時あった貨物駅の玄関。
このように、玄関には「日本貨物鉄道株式会社 新湊駅」と書かれていました。
貨物駅としての構内の様子。線路は残っていますが、発着はできません。
ホーム上より。左側がJR貨物新湊駅、右側が万葉線中伏木駅。
玄関付近にあった貨物扱所の表示。ポストに入っている郵便物が、戸籍上だけでも現役の駅だったことを示すものなのかどうかは不明です。
踏切より。この時、既に貨物線自体は撤去されており、この駅に貨物列車は入ってくることができないことが分かります。
渡船のりば。
川を渡る渡船。