JR各線を巡る旅の記録

08 飯田線・瀬戸大橋 3日目


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1991年8月16日
 【岡山】3:22発→(臨時快速ムーンライト山陽)→【京都】6:25着、7:05発→【近江今津】8:10着、8:14発、→【敦賀】8:58着、9:14発→【金沢】12:07着
※岡山駅の駅員さんのご厚意で金沢までは帰ることができた。とにかく帰っただけのもの。

●岡山−京都−近江塩津−金沢(山陽本線・東海道本線・湖西線・北陸本線)

 岡山を出て、夜中の山陽本線を進んでいく。岡山と言えば、もうすぐ姫路で、と言うことはもう関西なのである。と言うことで夜行列車に乗るような距離でもない。あまり寝た気がしないまま、大阪、そして京都に着く。

 実際、青春18きっぷを落とさなければ、関西本線の乗っていなかったところに乗ったり、その他関西の未乗区間を乗りつぶそうと思っていた。しかしそういう気力も体力もなく、きっぷを落としては困るという恐怖感におびえていた。何度もきっぷがあることを確かめていた。かなり慎重になっている。とにかく一刻も早く金沢へ帰ろうという方針になっていた。

 京都から、湖西線経由で金沢まで帰ることができるようであった。湖西線の列車に乗りすぐ寝てしまい気がつくと近江今津。うどんを食べるために一旦改札を通る。「業務連絡書」を見て、「ちょっと貸して」と言われる。何をされるのかと思ったら、普通の18きっぷのように大きな日付印を押された。どうも、ほとんどきっぷと同じ扱いらしい。

 うどんを食べて、再び高架ホームへ行く。この駅に限らず、湖西線の高架ホームの階段はきつい。まともに寝ていなくて、しかも気疲れしていると、この階段はさらにきつく感じる。

 当時はまだ、この区間には気動車が残っていた。気動車に乗り、気がつくと近江塩津。さらに気がつくと敦賀で機械的に乗り換え、金沢まで無事に帰ってくることができた。


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