南口のスーパーなどができて半年程。今度は石動駅前を象徴する建物だった農協会館の取り壊しが始まりました。ここでは取り壊されていく様子をご紹介します。また、その間に石動駅の国鉄時代の名残である日本通運の建物も取り壊されています。
石動駅前の景色を形作っていた農協会館の取り壊しが始まりました。また、駅を背にして右側のAコープだったところは広大な土地が出現しようとしていました。
2・3番のりばとそこから見た様子。
南口を見おろしたところと南口の様子。ここにスーパーができて半年ちょっと経ちました。
南口の手すりは依然として「小矢部市民図書館」の部分が隠されています。
北口を待合室から見おろしたところ。
北口のAコープ跡地の解体が進んでいます。
農協会館は工事が始まるようです。
駅前広場から見た農協会館。
駅前広場とそこから見た駅舎・図書館。
解体工事に入った農協会館。
国道471号から見た農協会館。
同じく国道471号とそこから見たAコープ解体中のところ。
農協会館はアスベストの取り除きのみかと一瞬思いましたが、全体に足場がかかりつつあります。また、福光街道踏切の前の交差点も工事中なので、時折見に行くことにします。また、駅前にある日本通運の建物が今回で見納めになるとは思いませんでした。
待合室から見おろした北口。
駅前から見たAコープ解体中のところ。
駅前からの様子。農協会館に足場が付きました。また、手前に見える日本通運の建物は今回で見納めになります。
駅前広場から見た農協会館。
駅前の通りから見た農協会館。
国道471号から見た農協会館。
国道471号を少し進みます。
先日まで凸凹を少なくする改良を行った福光街道踏切と国道471号の間の道を改良中でした。
農協会館は足場だけでなくて囲いがされていました。また、石動駅前の国鉄時代の名残だった日本通運の建物が取り壊されていました。
北口の待合室から見おろしたところ。
北口への階段から見たところ。
駅前の様子。農協会館に囲いがされました。
日本通運の建物が解体されていました。
駅前広場から見た農協会館。
農協会館の建物が壊されているのが確認できました。福光街道踏切の前の道の整備が進んでいます。
2・3番のりばから見た様子
待合室から見おろした北口。
北口と南口の自由通路。
駅出入口から見た農協会館。
駅出入口付近から見たAコープ解体中のところ。
駅前広場から見た農協会館。
そこから見た駅舎と図書館。
駅前広場から見た日本通運跡地。
駅入口から渡ったところから見た農協会館。
農協会館とAコープの間の区画のうち、駅前の通りに面したところ。
農協会館を国道471号側から。
国道471号と福光街道踏切の間の道路改良の様子。
公園や南口の方からわずかに見える農協会館。
南口の手すりはやはり従来通りでした。
2022年から2023年にかけての年越しの様子です。取り壊している農協会館のところには取り壊した瓦礫が積み上がっていました。
跨線橋から。
北口の待合室から見おろしたところ。
駅前広場から見た農協会館の取り壊し中のところ。
農協会館は一部残っていたビルの形をとどめている部分がなくなり、全て瓦礫となったようです。瓦礫を運ぶダンプカーが頻繁に出入りしていました。
北口の待合室から見おろしたところ。
駅前広場から見た農協会館の取り壊し中のところ。
そこから見た駅舎と図書館。
農協会館の取り壊し中のところ。取り壊した瓦礫を運ぶダンプカーが出入りしています。
日本通運の建物だったところの前から。
農協会館の跡地は瓦礫がかなり片付けられ、更地に近い状態になっていました。
待合室から見た北口を見おろしたところ。
駅前から農協会館の取り壊し中のところ。
国道471号から見た農協会館の取り壊し中のところ。
国道471号から見たAコープ跡地。
駅前から見た日本通運とAコープ跡地。
駅前広場から見た農協会館の取り壊し中のところ。
国道471号と福光街道踏切の間の道路改良の様子。
南口へ回るところの公園。
南口の手すりはやはり今まで同様でした。
自由通路から。
改札から入ったところ。
農協会館は地下を埋め戻しているのか、跡地に建てられるマンションの基礎工事なのか分かりませんが、既に建物の跡形がなくなっていました。
北口の待合室から見おろしたところ。
駅前から見たAコープ跡地。
農協会館の取り壊しが終わりつつあるところ。
農協会館の向かい側の区画。
国道471号と福光街道踏切の間の道路改良中のところ。
南口の方へ。
やはり南口の階段の手すりは今まで同様でした。