JR各線を巡る旅の記録

13南東北・信越・東海道 2日目


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 1994年8月28日
 (ムーンライト)→【村上】6:12着、6:32発→【坂町】6:42着、7:28発→【米沢】9:44着、9:55発→【山形】10:40着、10:59発→【仙台】12:01着、12:50発→【福島】14:10着、14:19発→【郡山】15:09着、15:29発→【会津若松】16:38着、17:40発→【新潟】19:52着、?発→【新発田】?着、22:47発→(ムーンライト)
 新潟発の「日帰り鉄道の旅」といえなくもない。山形・仙台・福島といった南東北の主要都市を通る。

●村上−坂町(羽越本線)及び坂町−米沢(米坂線)

 村上駅は1年数ヶ月前に、北海道へ行く途中に来たことがあった。その時とは特に変わっていない。そして、さっき乗ってきたムーンライトの列車で坂町まで引き返す。6両だったか9両だったかとても長いのに、日曜日の早朝に村上から新潟へ向かうだけの快速列車にそれほど多くの人が乗るはずもなく、1両に2〜3人であった。

 坂町から米坂線のディーゼル車に乗る。急な山沿いを走っていたという記憶があるが、さほど記憶がない。地図を見ると、越後下関までは割と広い谷を走っているが、その後は急に山になっているようで、渓谷のようなところを何回かわたっている。越後金丸駅もかなり山のなかにある。山形県に入ってから、山を下り、小国あたりで多少平坦なところを走っているが、その後は再び山の中に入っている。羽前椿あたりで盆地になる。そして、今泉で山形鉄道の列車とすれ違う。その後は盆地を迂回して米沢に着く。

●米沢−羽前千歳(奥羽本線)

 米沢から普通列車で山形まで向かう。通称「山形新幹線」という、在来線を標準軌にした路線を走る。普通列車もそれ用に作られたものだが、乗ってみると単に新しいだけで特に変わったことはない。線路の幅が広いだけで、車体そのものは今までの設備に合わせているので、乗り心地に変化があるのではない。むしろ、カーブの多い区間であるので、どちらかというと北陸本線の方が新幹線ぽい。ただし、途中の駅はどれもきれいになっていた。「新幹線」開業にともない、それぞれきれいにしたようである。

 赤湯あたりまでは盆地のなかを走っていたのだが、ここから、かみのやま温泉まで、盆地と盆地をつなぐ山地により、かなりカーブが多かった。それを過ぎると再び盆地のなかを走り、山形に到着した。

 山形駅はきれいになっていた。といっても、きれいになる前の山形駅を知らないのだが、おそらくきれいになったのだろう。

 そして、外へ出ている暇がないので、そのまま仙山線のホームへ行く。入ってきた列車は、北陸本線の普通列車の色を変えただけのような列車で、親近感があった。座り心地もほとんど同じである。

 山形を出ると、北山形を出て、羽前千歳から仙山線に入る。

●羽前千歳−仙台(仙山線)

 仙山線は、当然、山形県と宮城県にまたがって走る路線であるが、恐ろしいことに、途中、山形市と仙台市以外は通らない。ということは山形市と仙台市が接しているということで、今回文章を書くにあたり初めて気が付いた。しかし、車窓自体は、県庁所在地とは思えないほど山の中を通る。両市が人口を増やすために山の中まで自分の市にしてしまったからこのようなことになったようである。

 羽前千歳を出て、楯山・高瀬を過ぎると山になってくる。次の山寺はもう山の中で、向こうの山に寺が見える。そのまま川沿いに山を登っていき、面白山高原をすぎると、面白山トンネルに入る。これを抜けると宮城県、そして仙台市にはいる。

 仙台市に入ったが、ずっと山の中を走り続ける。川沿いに走り、陸前白沢を過ぎて、愛子あたりから住宅地が増え始める。住宅の増加にともない出来た葛岡駅を過ぎて、だんだんと市街地になっていく。北仙台を過ぎて、市街地を迂回して仙台に到着する。

●仙台−郡山(東北本線)

 仙台から東北本線の普通列車で郡山まで向かう。仙台を出ると、しばらく市街地を走り、だんだん郊外になってくる。この普通列車は新しいもので、列車が到着するとドアを開けるのにボタンを押すものである。1年中半自動ドアなのである。

 一番前で、しかも立ち席だったので、前方を見ることが出来たが、線路用地が異常に広い。しかも、この広い土地に普通列車しか走らないのでもったいない。新幹線開業前の栄光を残しているのだろうか。とにかく、この広い用地が異様に頭に残っている。

 福島で矢吹行きの普通列車に乗り換える。「矢吹」と、この13駅後の「矢板」がどうも混乱する。それはさておき、ここでは座席・寝台兼用型列車の改造型の列車であった。これもまた北陸本線でよく乗る列車である。二重窓のなかにブラインドがあるなど、北陸本線と若干の違いはあるが、親近感がある。

 車窓であるが、ほとんど覚えていない。この区間はいずれ乗るだろうから、またその時にきちんと見ておくことにする。

●郡山−新津(磐越西線)及び新津−新潟(信越本線)

 郡山の駅でもさほど時間がないので、すぐに乗り換える。磐越西線は、もしかすると北陸方面から仙台方面へ行くための、最短コースになりうる路線で、新幹線や飛行機・高速バスを使わないならば実用的に使うことが出来そうである。

 それはさておき、郡山を出ると、安子ヶ島あたりまでは水田のなかを走るが、磐梯熱海からは山になってくる。磐梯熱海は温泉地帯のようである。そこからは国道沿いに山を登っていく。上戸を過ぎて、臨時駅の猪苗代湖畔の前からは猪苗代湖に沿うが、少し猪苗代湖を見ると、後は間に水田などをおいて、距離を置くようになる。翁島を過ぎると、軽く山を越えて会津若松に到着する。

 会津若松では、少し時間があったので駅前を歩いたり、駅前の本屋に入ったりする。そうして時間が過ぎ、今度は新潟行きの気動車に乗る。

 しかしながら、日も暮れてきて、あまり外が見えなくなってしまった。阿賀野川に沿ってきれいな景色のはずであるが、よく見えない。ここも、通る機会は十分に考えられるので、その時にきちんと見ておくことにする。

 そうして新潟に到着する。新潟では駅の裏を少し歩き、コンビニを探して食料を調達する。

●新潟−新発田−赤羽(白新・信越・上越・高崎・東北)

 新潟から少し時間があるので一旦新発田まで行く。そして、村上発のムーンライトに乗るが、新潟までは自由席である。そのため、自分の座るべき席に他の人が座っていたが、仕方がないだろう。しばらくはデッキにいた。

 新潟から指定された席に座り、昨日とは逆方向で東京方面へ行く。

 翌朝は、多分赤羽で降りたような気がするが、そのあたりが定かではない。この数年後に同じ人とこの列車に乗っているので、その時と記憶がだぶっている。いずれにせよ、日の出後の起きていた乗車なので、赤羽線は乗車したことになる。


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