JR各線を巡る旅の記録

22北海道(99年)2日目


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1999年4月30日
【新青森】8:11発−(普通)→【青森】8:19着、8:24発−(快速 海峡1号)→【函館】11:01着、12:52発(スーパー北斗9号)→【長万部】13:58着、14:24発−(普通・通称「山線」経由)→【小樽】18:04着、18:19発−(快速マリーンライナー)→【札幌】18:50着、19:00発−(特急スーパーホワイトアロー25号)→【旭川】20:23着、20:40発−(普通)→【新旭川】20:47着(健康ランド宿泊)

※今回の目玉その1通称「山線」(函館本線長万部−倶知安−小樽)を中心に日程を組んだ。函館本線の分かれているところ(大沼公園のあたり)を完全に乗るのは帰りにできればということにした。

●津軽線(青森−中小国)

 青森から臨時の「海峡1号」に乗る。臨時なのに「1号」とは、けったいであるが、いつも走っているわけではないようである。自由席のうち、禁煙車は混んでいたので不本意ながら「喫煙車」に乗車することにする。

 この海峡号は、特急はつかりと、北斗を結ぶ主要な列車であるが、快速である。しかも、客車で、行き先方向幕ではなく、鉄板の「方向板」になっている。そして、表示される場所がドアの横ではなく、車両中程の窓の下である。

 そして、期間限定ではあるが、列車中にドラえもんのキャラクターが中にも外にも貼ってある。シールが貼ってあるだけでなく、ポスターもドラえもんである。映画のタイアップということである。

 この海峡線は、6年前に来たときは、行きは急行はまなすという夜行列車であった し、帰りは寝台日本海で、青函トンネルを抜けてしばらくして外が暗くなったため、この中小国−青森間は乗りつぶしの意味で「乗車」ということにしていなかった。そのため乗りつぶしの意味で新規乗車ということになる。それよりも海峡号の乗車は初めてである。

 客車ということで、普通の列車よりも軽い感じがする。鉄板が薄いということでもないだろうが。あと、トンネル内の位置表示板もある。

 発車してから、しばらくして奥羽本線と別れ、進んでいく。左手に車両基地があり、特急列車が並んでいる。

 津軽線は元々ローカル線で、(といっても今も「地方交通線」なのだが)「津軽海峡線」の一部を構成するようになったときも、おそらく抜本的な改良が行われなかったようで、今なおローカル線である。電化はされているものの、単線である。行き違い設備は多く作られている。それを利用して駅ごとに貨物列車とすれ違いのための停車をしている感じである。青森函館間が2時間半もかかってしまう所以である。

 景色は、田圃の中の景色である。金沢や新潟とちがい、田植えは行われていないため少し冬に戻った感じである。時々、満開に近い桜が見える。ときどき、防音壁のような、鉄のフェンスのような壁がある。民家が近いというわけではないし、煙を吐いて走る列車が走るわけではないしどういうことであろうか。

 しばらくすると、自分が座っているところと逆の窓である右側に海が見えてくる。

さらに行くと、JR東日本とJR北海道の車掌が交代する蟹田に到着する。

 蟹田を出て、車掌が変わったが、同時に車内放送もおかしくなり出した。変な(?)音楽がなり出し、そして、大山のぶ代さん(というかドラえもん)の声の案内テープが鳴り出したのである。青函トンネルの案内やら、車内にクイズがあるがそのクイズは車両によって違うから隣の車両へ見に行けとか、いろいろなことを言ってくる。さいごは「それでは海の中へしゅっぱーつ」で締めくくっていた。

 たしかにドラえもん世代であるが、どうもこれだけドラえもん漬けにされても困ってしまう。100%冷めて見聞きしていた。聞き流していた。といいつつも車内のポスターの「ドラえもんカルトクイズ」に無意識に答えている自分がいた。それにしてもドラえもんはテレビ放送が開始され20年ぐらい経っているのだが、今の小さい子どもたちは自分たちが小さかったときよりドラえもん人気があるのだろうか。

 と、車内がめまぐるしくなっているうちに中小国を通過し、海峡線に入っていくのであった。

●海峡線(中小国−木古内、全線)

 中小国を通過し、こちらは海峡線として新しい線を進んでいく。津軽線とは、作られた年代が違う。左側に津軽線が分かれていく。とても細く見えるが、今まであの線を少し改良しただけの線を走っていたのである。

 海峡線にはいると同時にJR北海道の路線である。約6年ぶりのJR北海道である。

 トンネルを通り、津軽今別を通過する。すぐしたには津軽線津軽二股駅が見える。こちらが少し高いところを通っている。向こうはJR東日本で、こちらはJR北海道である。

 そしていくつかトンネルをくぐると、青函トンネルにはいる。車内放送のドラえもんも興奮している。青函トンネルにはいると、車内に付けられた列車位置表示灯が作動する。列車の位置の他に水面下何メートルを走っているかが表示される。

 ここからは車窓といっても真っ暗である。いきなりここへつれてこられても、少しレール音が静かなトンネルにしか感じない。入り口から出口まで、継ぎ目のない一本のレールであること以外は、特に変化を感じないのである。そのため唯一の救いが列車位置表示灯である。今どこにいるかを知る手段である。

 少しずつ下へ進んでいるのが分かる。水面下0mをすぎて、マイナスになる。そしてしばらくするとここから海ですよというところへ行く。外を見ていると、車窓からのほんとに数少ない景色である「竜飛海底駅」が見える。これも、青函トンネルであると意識しているから海底駅になるのであって、いきなりここへ連れてこられたら北陸本線の筒石駅と変わりがない。(こっちの方がホームは狭いかな)

 そして、一番深いところを通過する。

 トンネル内通過時間は40分である。ほとんど変わった景色がない。そのためどうしても居眠りをしてしまう。これは仕方がないことであるし、また、そうしても別にもったいないことでもない。海底とはいえ、所詮「長いトンネル」である。次回来たときは(帰りのことではない)時間を作って海底駅の見学をしなければならないと思っている。

 トンネルを抜けると、もちろん北海道である。北海道らしく、牧場が見える。道路も何となく北海道らしい。そして立派な駅の知内で、そのあとが木古内である。

●江差線(木古内−五稜郭)

 木古内駅は江差線との分岐点で、構内もやや広い。

 ここからが再び、ローカル線になる。こちらは線の細さと、カーブの多さも加わる。こちらと反対の右側の窓には海が見える。海岸のすぐ近くを通っているようである。それについては帰りということにして、時々海に目をやりつつも、山側も見る。

 林がやはり本州(内地)とは違う。木そのものはあまり変わらない。といっても植物に詳しい人ならエゾマツだのトドマツだので、ちがうと言うと思うが、こちらは針葉樹に関しては「松」と「杉」の区別しかない。ここにあるのは「松」である。下草が、笹なのである。これも単なる「笹」なのか「熊笹」なのか分からないが、とにかく「笹」である。北海道全体で、針葉樹の下草は「笹」ということになっているような印象を受けたが、最初に見たのはこの江差線であった。

 しばらく、海のそばで、カーブが多いところを走る。この江差線と津軽線を抜本的に改良したら青森函館間が飛躍的にスピードアップすると思うが、それよりも新幹線を走らせることに力を入れているようである。そうなると、この生き残った津軽線と江差線の運命はどうなるのだろうか。

 上磯に停車し、しばらく走ると、右側に函館本線が寄ってきて五稜郭である。函館本線は非電化だが、電化されたこちらの江差線よりも貫禄がある。

●函館本線(五稜郭−函館)

 五稜郭・南稚内・浦上といった、主要駅で終端駅の一つ前の駅は似たようなイメージがある。駅は必ず道路沿いにあり、その道路が次の終端駅まで併走する。この「一つ前の駅」から次の主要駅までが、市街地の一部を形成している。また、2本の線が一つになるところが「一つ前の駅」で、それが一本になって終点を目指す、等々。(ただし南稚内については天北線が廃止されたためあてはまらないが、その雰囲気はまだ残っていた。)そうなると、銚子−松岸間もそんな感じなのだろうか。

 という間に函館に到着した。長崎のように、ホームがそのまま駅舎に続いていることを期待したが、機関車連結が多かったり、過去の連絡船乗換駅の名残があったりして、跨線橋に上らないと駄目であった。跨線橋に上り、しばらくすると「団体待合所」があった。これはよく見ると、かつての連絡船乗り場への跨線橋の一部であった。

●函館市内にて

「海峡1号」の函館到着は11時1分で、そのあと特急スーパー北斗9号の函館発が12時52分であり、2時間弱あるので函館市内を軽く観光することにした。その前に特急はあるのだが、長万部に停車しないため、そのあとの特急ということで、2時間弱の時間が空いたのである。

 外へ行くと、十分暖かかった。というか、金沢にいるときとほとんど変わらない。天気が良かったのと、北海道でも南だったためか。

 まずは資金を調達しなければならない。というのも、列車分(周遊きっぷ一式、特急券、及び寝台兼分、ただし、帰りの特急券と寝台券は未購入)しか、用意していなかったため、その分の残りと、いつもの手持ち分の現金しかなかったのである。(手持ち現金は少なめにしてある。)そのため、旅の間の資金がない状態だった。いつもは日数分に応じておろしておくのだが、今回はそれをしていなかった。正月の何日かと5月の連休の何日かは郵便局ATMがストップするのでここでおろしておかなくてはならない。

 そこで、駅前の案内所で観光マップをもらい、函館駅前郵便局へ行く。地図の書き方が良くなく多少迷ったが、着くことができた。メインバンクを郵便局にしておくと、土日時間外でも手数料がかからない他に、日本中、手数料なしでおろすことができて便利である。

 次に、駅近くで何か食べようかと思ったが、それを延期してひとまず市電に乗ることにする。しばらく乗り、「十字街」で降りる。そして函館山の山麓のロープウエー乗り場へ行く。途中の信号で気づいたのだが、交差点の名前(○○条---?)が、交差する道のこちらとあちらで微妙に違うのである。それどころか、同じ道でもあちらからとこちらから(鉄道風にいえば上りと下り)で、これまた違うのである。どうも自分の知っている交差点の命名法とは違うらしい。

 そして、急な坂を上る。町の状態、坂がある、市電がある、駅が終点、等々長崎市と似ている。例えば、金沢と京都も似ている。(そうでないという意見も多い)このような町が似ているという、町の類似性を考えてみるのも面白いかもしれない。しかしそうすると、北海道の多くの町が「似ている」ということになるのだろうか。

 急な坂がさらに急になり、ロープウエー乗り場に着く。ロープウエー代が片道700円以内なら上まで行くことにする。それを超えるなら、そのまま下へ降りていき「イギリス領事館」などを見に行くことにする。そうすると、往復で1,160円だったので上へ行くことに決定した。時間があれば、あまり暑くないので歩いても良かったが、今回は時間がない。

 時間がないので、次のロープウエーは30分後です、と言われても、なす術がない。もう11時50分頃だったため、あと1時間強しか時間がない。幸いに10分毎に発車するようなので、大丈夫だった。11時50分のは行ってしまってすぐだったので、12時まで待つ。その間に、待合所にある売店でおにぎりとパンと適当な飲み物(500mlのペットボトルもの)を買う。売店というよりコンビニだった。

 そしてしばらくすると改札が始まり、ロープウエーに乗る。乗客は自分の他にあと1名だったが、その1名は業務用で上へ行くだけだったらしい。つまり本当の客は自分だけなのである。決してガラガラだったというわけでなく、たまたまタイミングでそうなっただけらしい。観光バスなどが来るとかなり乗るらしい。しかし道路が整備され、乗客自体は減っているらしい。

125人が乗れる広いロープウエーに、122人分のスペース(あと一人は案内の人)を空けて、上へ上っていく。山麓からでも十分に「あの函館の景色」が見えたが、それがだんだん小さく、そして遠くまでも見えるようになってくる。そして、「あの函館の景色」が完成したら、山頂に着いた。

 くどいようだが時間があまりない。しかし、乗ってきたロープウエーで帰るのは気がひけるので、その次で帰ることにした。12時20分発である。正味16分しかいることができない。そのため、できるだけ「函館の景色」を見ることにした。展望台で下で買ったおにぎり・パンなどを食べ、ひたすら「函館の景色」を見ていた。とりあえず12時15分を過ぎたあたりから、「もう十分」という状態になったため、ロープウエー乗り場へ戻った。景色を堪能するだけなら十分だった。もちろん、歩いてきたり、しかもそのうえロバなどを連れてこようものなら、もっといても良かっただろう。また、夜でもなかったのでやはりこれで十分である。

 そして下へ降り、山麓駅でロープウエーを降り、そのままの勢いで坂を下りていき市電の「十字街」駅へ戻った。すぐに市電が来た。2台まとめてきたので後ろの方に乗る。

 このように函館の観光はあわただしく、しかもポイントを突いたところしかいけなかった。今度はゆっくりと街を見て歩きたい。

 函館駅の、みどりの窓口で、帰りの寝台があるかどうか確かめる。出発を函館にしても青森にしてもなかった。青森で増結されるため、青森なら可能性が高いが、なかった。6年前は北海道へ向かう途中の酒田駅で購入できたので、多分金沢駅の駅員がいうようにキャンセルが出てくることだろう。機会があればまた聞いてみることにする。

●函館本線(函館−長万部、駒ヶ岳経由)

 寝台券が買えなかったので、そのままホームへ行く。そしてスーパー北斗9号の乗る。今度は禁煙席なので安心して乗れる。

 2人掛けの所が、2人分空いているところがなかったので、「相席」となる。

 発車して、さっきの五稜郭を通過し、そのまま進んでいく。気動車とは思えない加速である。スピードも出ている。カーブや線路の強さなどの関係で比較できないが、車内設備やスピード感では、「サンダーバード」とほとんど変わらない。

 山の中へ入っていき、カーブが多くなるにつれ、不自然な乗り心地を感じた。この列車は振り子列車である。よく考えたら「やくも」「くろしお」「しなの」といった振り子列車が走る区間には乗っていても、それに追い越される普通列車ばかりに乗っていたので、振り子列車に乗るのは初めてだったのである。慣れないと酔ってしまうというのも分かる気がする。

 七飯・大沼間は2つの路線が存在するが、特急列車は上下で別の線を通るので、6年前とあわせて両方に乗車したことになる。分かれた線は大沼で一つになるが、そこから別に2つに分かれる。こちらは片方が普通列車のみで(渡島砂原経由)もう片方は、普通列車と上下の特急列車が走る。そのためこの区間は6年前とあわせても片方しか通ったことにならない。大沼駅をすぎて、結局乗れなかった線が恨めしそうに分かれていく。新津駅で羽越本線が分かれていったのと同じ感覚である。この区間の計画を立てるときに、もう一方に乗ることを試みたが、この時間では無理だった。普通列車が極端に少ないのである。結局帰りに乗れたのだが、このときはそうなるとは分からなかった。

 しばらくすると大沼が間近に見えてくる。通路側に座っていると、真下が見えにくいため、沼の上を走っているような錯覚を覚える。大沼公園で乗客が多く降りる。函館から考えると特急に乗る距離でもないような気がするが、普通列車が少ないので仕方がない。北海道内は特急料金も安く設定されているので良いのだろうか。とにかく乗客が多く降りたので、席が空き、空いた席へ移動したので2人掛けの所を独占することができた。

 しばらくは大沼の景色を堪能することができる。両側に沼が見えたので、沼をわたっているのかと思ったが、地図を見ると「大沼」と「小沼」に分かれているようである。そして駒ヶ岳を右手に見つつ、森を通過する。右からさっき分かれた線路が再び合流する。羽越本線の新発田と感覚が似ている。

 森からは海沿いを走る。太平洋である。内浦湾である。穏やかな海である。ここからはたまに集落があるが海と道しか記憶にない。

 八雲のあたりに「北海道新幹線」が早く着工されることを期待する看板があった。新幹線ができたら「新八雲駅」ができるらしい。この手の看板は、日本中の一定の地域に多く存在する。もちろん北陸にもある。反対するか賛成するかである。反対する看板には在来線廃止に反対するという看板も多い。(長崎本線沿いにあった。)そういえば北陸新幹線も、北陸本線のJRからの経営分離が条件となっていた。もちろん第三セクターという形で残るはずだが、そうなると青春18きっぷが使えない。大変なことである。

 海沿いをずっと走り海沿いの道に建物がいつくか見えてきて長万部に到着する。知名度の割には駅前が寂しい。しかしパチンコ屋はある。北海道へ行って来た人の話でどんな小さい町にもパチンコ屋はあるということを聞いたが、そのとおりである。もっとも、長万部はそんな小さい町ではないが。

 ここから、特急北斗は函館本線ではなく室蘭本線を走ることになる。そのためこのまま函館本線で先へ進むにはここで降りて「函館本線」に「乗換え」ねばならない。そこでここでピカピカの列車を降りることにする。

 駅前はとくに道と若干の店があるだけだった。荷物も重いし、26分と、中途半端な時間しかないので、多少駅前を散歩し、駅併設のコンビニでパンとおやつを買い、そのまま駅でおとなしく過ごすこととした。

●函館本線(長万部−旭川)

しばらく待つと改札が始まった。北海道の各駅は、札幌を除いて「列車別改札方式」ということで、「ただいまから○○列車の改札を始めます」ということから改札が始まる。それまでホームには出ることができないし、乗換の場合も時間がある場合(乗換列車の改札が始まっていない場合)は、列車内の乗換案内で「待合室でお待ちください。」というアナウンスがある。大きめの駅では、改札口の時刻表示板に「改札中」の表示がある。

 本州では、勝手にホームに出ることができるシステムであることが多いような気がする。少なくとも金沢・富山・福井・高岡といった駅では、常時改札をやっていて「改札中」の表示がないし、小さめの駅なら、ホームに出たければ勝手に戸を開けて、その辺にいる駅員にきっぷや定期を見せてホームに出ていたような気がする。もっとも、高山駅ではきちんと列車ごとに改札をしていたようだが。

 とにかく、北海道に来るとほぼ列車別に改札をしているので、そのあたりの頭の切り替えが必要である。

 改札を通り、跨線橋を上ってホームへ行く。1両だけの列車である。北海道では、大幹線のような線区でも、普通列車は本数が少なく、しかも1両であることが多い。札幌近郊ではそうでもないが、それ以外では普通列車と特急の格差が大きい。

 そしてしばらくすると発車した。4人掛けの所は1人ないし1グループが座り、あと何人かはロングシートに座るという、理想的な混み具合で発車した。当然こちらも4人掛けを独占し、靴を脱いで足を投げ出すという、最もくつろげる格好で過ごすことができた。

 ここからの区間は、例えば下りの場合、1日7本だけである。昔は特急も通っており、さらにその前は大幹線であった。そのため、長万部から、こちらの方を「函館本線」として、向こう側(特急が走る方)が「室蘭本線」という。通称こちらを「山線」といい、向こう側を「海線」という。「山線」という名にふさわしく、山の中をこれから余市あるいは小樽まで走っていく。「函館本線」というよりも、山の中を走るローカル線である。まるで「関西本線」の亀山−木津間である。そういえば両端が栄えていて真ん中が寂れているという事情もよく似ている。

 しばらく走ると、二股に着く。近くに温泉があるらしく、遠くから来たような人や、地元の人が降りていき、ロングシートの部分はかなり空いてしまった。そして蕨岱を経て黒松内に到着する。余談であるが、ここからしばらく、音を聞いても感じが全く思い浮かばない駅名が多いが、この文章を打っているとき、それらの駅名がすぐに変換されることに感動を覚える。(事情によりATOK12ではなくATOK11を使用。ATOK12では、「市」より下の地区名・町名が確実に変換されるのでこれまたすばらしい。)

 話は元に戻して、黒松内は前2つの駅より大きい。町の中心であり、寿都への乗換(バス・昔は私鉄が通っていたらしい)駅でもある。また、ここまで20分近くを要しており、とても3駅目とは思えない。ここから先も駅間距離が長く、時間の感覚がおかしくなりそうである。

 ここから乗換となっている「寿都」は、日本で唯一の「西岸海洋性気候」であるとという。というか、海流の関係等で、気温と降水量を調べてみるとそうなってしまうらしい。そういうことで覚えていた。北海道の中でも「冷帯」ではない、やや暖かいところということらしい。黒松内を出て、その寿都へ行く道路をオーバクロスして山の中へ進んでいく。

 国道5号線も並行している。熱郛・目名を過ぎて蘭越に着く。このあたりから川(尻別川)が並行する。

 中学生らしい人2人が乗っている。そして、暑いといって窓を開けて、手や顔を出している。あまり新しい列車でないため、壊れたら大変だが、楽しそうである。そして、時々わたる橋で喜んでいる。また、トンネルになると、その直前にきちんと窓を閉めている。そしてトンネルを終わるとまた開けている。手慣れたものである。見事な窓の開け閉めを見ながら昆布・ニセコと進む。

 尻別川に沿って走っていくうちに、右側にきれいな形の山が見えてきた。これが羊蹄山であり、別名「蝦夷富士」である。それにしても見事な形の山である。この山を4分の1周することになるが、廃止された胆振線とあわせるとこの山を半周できることになる。その胆振線が分岐していた倶知安に到着。13分停車するので駅前まで出てみることにする。羊蹄山がきれいに見える。

倶知安から先、羊蹄山や尻別川と別れ、山の中を走っていく。本当に函館本線なのかと思ってしまう。このあたりでは、まだ雪が解けずにかなり残っている。今年は雪が多かったというがよく分かる。ただし、これくらいになるとあまりきれいではない。北陸でも2〜3日雪が降って、しばらく降らないと見ることができる状態である。倶知安峠を越えてかつての岩内線の分岐駅であった小沢、そしてまた峠を越えて銀山、然別、仁木と停車し、だんだんと山から平野へ近づく。そして、果樹園の中や、町の中へ入り、余市に到着する。久しぶりに町らしいところに来た。また、太平洋から日本海へ抜けたのであった。もっとも、途中の黒松内からそのまままっすぐ行くと寿都で日本海に出られたのである。

 ここからは地図上では海沿いだが、果樹園の中であるためか、まだ山の中の延長という気がする。山の中か、海沿いか分からないまま、小樽市内の蘭島、塩谷を経て再び町の中に入ってきた。小樽市街地に入った。市街地であるが所々雪が残っている。そして小樽に到着した。

 小樽着18時4分で、このあと、旭川まで行く関係で18時19分の快速に乗る。そのため、駅前まで出て、すぐにホームへ戻ることにする。

 小樽からは札幌近郊で、自動改札機が導入されていた。最近入ったものらしい。JRでは、東京近郊、そして名古屋近郊で早く導入されていたが、大阪近郊ではつい2年ほど前に導入されたばかりである。そのあとの普及はものすごく早かった。大阪導入から2年で札幌まで来てしまった。最近ではJR東日本の新幹線でも自動改札が導入されているようである。

 駅前には、バスターミナルあり、札幌行きのバスも多く出ていた。高速道路経由である。札幌でも場所によってはバスの方が早いのだろうか。

 そして、ホームへ戻った。快速「マリンライナー」(瀬戸大橋を走る快速と同じ名前のような気がするが、こちらには指定席がないから混乱しないのだろう。大村線の「シーサイドライナー」とも混乱する。)を待つ人でホームには行列ができていた。今まで1両の気動車で、ここからは何両かある(何両か忘れた)快速列車が1時間に3本、そのほか普通列車も走っている。全く異なる路線という気がする。

 これだけ列があると、ホームの端、列車が来る限界の所、つまり一番前まで行くことにする。そうすると空いている。このように快速を待つ状態は、長浜駅で「新快速」を待つのとよく似ている。

 そして列車が入ってくる。3ドアだが、デッキをつけたため、客室が1両に2つできてしまったタイプである。関西の「新快速」と同じように転換式の座席であった。端の方に来たかいがあって、海側の窓側の席を確保することができた。

 小樽を発車して、町の中を走り、南小樽である。そして、海が近づいて、なにやら大きな建物が見えてきた。これが「マイカル小樽」で、SATYや、「小樽よしもと」などが入っている。買い物や映画やその他諸々のことができるらしい。小樽よしもとは気になるが、ここでは時間がないので見に行かないことにする。このマイカル小樽と小樽築港駅は跨線橋で結ばれている。そのせいか、小樽築港駅で乗客が沢山乗り込んできた。立席も多く出て、デッキにも多く人がいる。快速ではなく普通列車ならある程度は空いているのだろうか。これだけ人がいると、京都・大阪あたりの新快速のような感じがする。

 小樽築港から海沿いを走る。夕日がきれいに見える。昨日の夕日も日本海に沈もうとしている夕日を見ていた。

 小樽と札幌の間は普通・快速列車が多く走る割には、きれいな海の景色を見せてくれる。そして、かなり狭いところを走っている。

 しばらく海を見ていて、海から離れ、しばらく走ると手稲に停車する。ここまで来ると札幌近郊である。高架でもある。

 そして札幌の町の中を高架で走り、札幌に到着した。

 札幌駅は金沢駅とほぼ同じ時期に高架化され、また、在来線が走っていたところの横に高架線を建設したこと、風や冬の寒さ・雪の対策として全面が屋根に覆われていることなどから、何となく両駅の感じは似ている。ホームの柱、ホーム番号板などもほぼ同じである。ただ、札幌駅の方が明らかに大きいが。

 札幌では、10分で「スーパーホワイトアロー25号」に接続する。これで一気に旭川まで行ってしまう。ホームで待っていると列車が入ってきた。

 車内は、昼間乗ったスーパー北斗や、北陸のサンダーバードに似ている。ある意味、このような造りが最近の特急の標準となってきたようだ。古い国鉄時代からの車両と、このような新しい車両が混在しているのが現在の特急列車の姿のようである。

 札幌から先は、日が暮れたこともあり、また、居眠りをしていたため記憶から飛んでいる。あまり眠りは深くなかったため、一つ一つの駅は意識していたが、やはり外が見えないというのは致命傷である。前回ここを通ったときは、夜行列車から乗り換えた早朝だったが、やはり眠っていて、記憶から飛んでいる。この区間は廃止される危険性もないし、これから何度も乗るであろう区間であるから、特に気にしないことにする。

 そして、旭川に到着した。札幌から旭川まで、1時間23分である。もちろん早いほうであるが、案外近いものである。

 旭川で、少し駅前を散歩してから、今夜の宿に近い新旭川まで行くことにする。

●宗谷本線(旭川−新旭川)

 今夜も健康ランドで宿泊ということになる。健康ランドが載っているサイトによると、旭川には2つあるらしい。その中から、駅は問わず、JRの駅に近い方ということで、新旭川まで行くことにする。新旭川まで行くと、明日目指す稚内まで2駅進んだことになるので都合がよいといえばよい。ただし、予定している普通列車に乗れず(あるいは起きるのが面倒になって乗らず)急行に乗ることになると旭川まで戻ってこなくてはならない。

 旭川−新旭川間は列車運用上は宗谷本線と石北本線両方が走っている。結局どちらの線か迷ってしまうが、宗谷本線ということになっている。6年前に乗った石北本線は新旭川から分岐していることになる。つまり、6年前に宗谷本線に2駅分乗っているのである。(ただし、景色などは、全く記憶にない。)

 旭川20時40分発の名寄行き普通列車に乗る。名寄までとなるとかなり遠くへ来たと感じる。ただし、名寄まで行くのは明日の朝の話で、今日は新旭川までである。

 列車は入り口付近がロングシートの、クロスシートの車両で、気動車であるが北陸本線でよく見る配置である。ただし、トイレの位置が違う。

 夜であり、また、座席は無理して座ることができるものの、無理をしたくなかったら立っていたくなるような混み具合で、結局近いので立っていたこともあり、外は全く分からない。途中旭川四条に停車し、新旭川に到着した。

 前日の新青森と同様無人であったが、こちらはきちんと駅舎があった。曲がりなりにも本線から本線が分岐する駅である。ただ、寂しい。

●新旭川−宿泊−新旭川

 新旭川が今日宿泊する健康ランドに最も近いと言っても、あくまで「最寄り」というだけで、ある程度歩かなくてはならない。計算では20分程度である。そういえば夕食を食べていない。できれば途中で夕食にありつきたいものである。

 歩くと言っても一本道ではなく、また、案内もない。また、前日の新青森のように国道を目指すだけというものでもない。ゼンリン電子地図をプリントアウトしてきたものと、健康ランドが紹介されているサイトのプリントアウトしたものを照らし合わせて見当をつけ、歩かなくてはならない。

 駅前に出て歩く。車がたまにしか通らないが道が広い。北陸ならばあわよくば2車線、下手をすると1.5車線が1車線ですまされそうな交通量であるが、たっぷり4車線あり、歩道も広い。そのようなゆとりのある道路を歩き、ここと思われるところで曲がり、しばらく歩く。

 夕食にありつきたいが、ラーメン屋などが途中にあるがそれは閉まっている。コンビニがある。北陸にはなぜかないセブンイレブンである。明日の朝食はここで買うことにし、しばらく歩く。

 そして、石狩川を渡る。河口まではかなり距離があるのに川幅はかなり広い。そしてしばらく歩くと通りに出る。すぐに目的の健康ランドがあった。結局夕食にありつけなかったが、中で何か食べることができるだろう。

 宿泊料というか、入浴料+深夜割増料金は2,835円であった。まずまずの値段である。1時間強入浴し、あがると食堂がまだ空いていた。ただし、メニューは限定であった。ラーメンやカレーライスがあったが、ラーメンははずれということがあっても、大当たりということはないだろうということで、はずれということがほとんどないカレーライスを頼んだ。630円だった。

 翌朝、6時19分の列車に乗るため5時30分頃から起き、朝風呂に行く。掃除中であったが、掃除をしていない浴槽は入浴可ということで、無事入浴する。

 そして、5時台にチェックアウトする。普段では考えられなく、また、宿泊を健康ランドとしている中では異例の早起きであるが、うまくいった。ただし、普通列車をあきらめ急行に乗るなら、8時頃までに旭川駅へ行ければよい。しかし、宗谷本線は全部でなくとも大部分を普通列車に乗っておきたかった。

 昨日来た道を引き返す。昨日見つけたセブンイレブンで、パンやおにぎり、ペットボトルの飲み物と紙パックのコーヒー牛乳を購入する。どうしても日本全国、コンビニでは安心して食料を買い込むことができる。安心して必要なものがそろう反面、よそへ来たという感覚を失わせる要因である。ただ、北陸にいるとセブンイレブンは珍しいので、よそへ来たという感じはする。

 そして、さらに歩き、新旭川駅へ到着する。朝早いため、誰もいない。


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